五大力菩薩画像

古い仏教の行事に、国家を譲り国民の幸福を祈るための儀式があり、これを「仁王会」という。これは、天皇が即位する時や臨時に国を譲る必要がある時、朝廷や寺社が行ったものである。中国で盛んに行われていたが、わが国では斉明天皇の6年(660)に初めて行われた。奈良、平安時代に盛んになり、鎌倉末期まで続いたというがその後は明らかではない。

「五大力菩薩画像」は、この仁王会の脚本尊である。この画像をかかげ、国を譲るためのお経である「仁王般若波羅蜜経」をたたえて、国の安泰と平和、そして国民が豊かで幸福な生活ができるように祈願した。

正福寺に伝わるこの画像は、天地(上下)が116.4㎝、左右が53.9㎝である。絹本の軸装で、軸の天地は191.0㎝、左右は66.0㎝である。

製作年代は不明であるが、鎌倉から室町時代にかけて描かれたものと推定される。

ここに描かれている五大力菩薩は、憤怒の形相ではあるがユーモラスな雰囲気もある。中央に「金力吼菩薩」、右下に「無量力吼菩薩」、左上に「雷電吼菩薩」、右下に「無畏十力吼菩薩」、左下に「竜王吼菩薩」が配置されて描かれている。なお、菩薩にもかかわらず憤怒の形相をしているのは、密教に影響を受けて五大明王と結びついたためであるという。

国民の安泰と国民の平穏を祈願する仁王会の画像は全国的に少なく、那須地方の正福寺に伝わっているのは貴重である。

この画像を所有する正福寺は、元来は聖福寺と称していた。寺伝では徳一法師の開基により、弘仁4年(813)草創といい、また承和11年(844)とも伝えられ、当町内最古の寺といえる。始め徳一法師により釈迦堂山に草創されたが、現在は三転して伊王野城跡の麓(伊王野小学校裏手)にある。

同寺には、この「五大力菩薩画像」の他、「応永六年銘熊野社鰐口」、「弘法大師画像」等がある。

名   称 五大力菩薩画像
所 在 地 那須町大字伊王野2003(正福寺)
種   別 有形文化財/絵画
指   定
指定年月日 平成3年12月19日