句集「常盤木」と献句集(くしゅう「ときわぎ」とけんくしゅう)

句集「常盤木」は元禄2年(1689)に健式山湯泉神社へ大塩桃風が奉納したものである。巻頭に「武江の俳師福田氏高井氏の佳句以雑録之為一書題木□取其不変之義奉賀」とある。武江とは武州(武蔵国)江戸のことで、高井氏は法師立志であり、福田氏は風琴子露言である。

常盤木には、次の俳人の名が記されている。高井立志、風琴子露言、一井寸柳、奥田方雨、大輪忠直、大塩桃風、太地洗車、彦都の座頭聴計、竹風軒白堂、神原露計、中島仙嶋、大塩登岸、江府住桃志、桃英神田親昌、松本満茂、小山田桃吟の計16人である。

当時の芦野家当主は民部資俊で和歌俳諧の道に造詣の深いことは知られており、左近資親(桃艶)の父である。

常盤木は江戸から俳諧師を呼び句会を催した作品集である。このとき和階堂立志法師と資親との連句に、

短夜のねむけなきほど鳴け蛙

資 親

涼しき月にそむくろうそく

立 志

句集の中に桃風、桃英と桃の字のが多く見られるのは、芭蕉翁の流れをくむ系統であることが推測される。この中には芦野家家臣の名前も見られ、大輪忠直、大塩桃風、神田親昌、松本満茂、小山田桃吟などはそれぞれ大輪左太夫、大塩角左衛門又は同玄内、神田彦兵衛又は同新七、同平兵衛、同為右衛門、松本三右衛門又は同半九郎、小山田利右衛門又は同太兵衛などが考えられる。

また、20代資親が奉敵した句集は社宝として伝えられてきた。その箱書に

于時元禄六癸酉九月十九日

桃艶敬白

とある。奉敵された句集の題辞に

野州那須郡芦野

湯泉大明神之宝社仁天(にて)

藤原姓 桃 艶

桃艶の自筆であろう。当主芦野資親の俳号は桃艶と称したので、この句集は資親が奉敵したことがわかる。

松杉や鳥居の外は薄もみじ

桃 艶

温泉大明神の景観を詠んだものといわれている。

名   称 句集「常盤木」と献句集(くしゅう「ときわぎ」とけんくしゅう)
所 在 地 那須町大字芦野2232
種   別 有形文化財/書跡
指   定
指定年月日