松本風阿と奉納百首和歌(まつもとふうあとほうのうひゃくしゅわか)

白川関鎮守玉津島社奉納と表書きされた和歌集がある。境の明神福島県側の石井家にあったものであるが、現在は白河市へ移管し同市の管理するところである。

白川関鎮守とあることころから、白河市旗宿にある白河の関に鎮座する玉津島神社へ奉納したものであろう。

奉納者の松本風阿は芦野家の家臣であり、天保8年丁酉6月9日に死去し、露庵風阿居士の戒名しか分かっていない。

当時の松本家の人物は、「伝内」と「庄次右衛門」がいる。「庄次右衛門」は現在の福島県西郷村に生まれ、子の代助とともに芦野家の松本風阿の養子になったとの記録があるため、風阿は「伝内」と考えられている。

芦野の当主は代々歌道に優れていたと伝えられ、13代資興は後柏原院から「あつさ弓はるかにあげてなのりそに猶うちそふる和歌のうらなみ」の一首を賜ったという。江戸期に入り、旗本3代目の資俊とその子資親は俳句を好み、資俊は俳聖芭蕉との交流が知られ、健武山湯泉神社奉納の句集「常盤木」や句献集には多くの家臣に作品が掲載されている。

文献上の確認は以上であるが、天保期に奉納された「和歌百首」はこれら文武に秀でた武士の存在を示すものである。

名   称 松本風阿と奉納百首和歌(まつもとふうあとほうのうひゃくしゅわか)
所 在 地 白河市
種   別 有形文化財/書跡
指   定
指定年月日