芋淵要害跡

芋淵要害跡は、伊王野芋淵にある。黒川の左岸で集落の南に急傾斜で切立つ丘陵頂を占め、若干の削平加工の跡が見られることから要害跡であることがわかる。

那須氏系図によると、余一宗隆の兄三郎幹隆が、鎌倉時代の初め頃この芋淵に分知されている。伊王野氏・稲沢氏・川田氏等よりも一世代前に、那須十家の一家として、また一羽翼となって活動を始めたことがうかがえる。芋淵氏の分知は那須北部の公道に沿う要点への最初の分知であり、その意義は深いものがある。

当時の居館跡等はこの要害の麓の河岸段丘上にあったと思われるが、すでに壊滅して形跡も残っていない。

この要害は、芋淵氏後世に構築されたと考えられており、わずかに面積約1haの要害跡が、芋淵氏のその後の発展を現在に伝えている。

名   称 芋淵要害跡
所 在 地 那須町大字梁瀬429-3他
種   別 記念物/史跡
指   定
指定年月日