私塾と寺子屋

江戸時代中期以降に顕著に見られる各藩による「藩校」、そして庶民の民間的教育機関ともいうべき、いわゆる「寺子屋」(手習塾)の存在である。

「寺子屋」は「寺小屋」ともいい、寺の僧侶が庶民を対象に世俗的な教育を行ったところから名付けられたといわれ、その起源は鎌倉時代まで遡るといわれている。しかし後の江戸時代に至り、寺のみでなく多くの場所で、庶民(その子弟)対象の教育機関ともいうべき営みが行われて、より一般化したもので、江戸時代を通して開設された「寺子屋」は、全国的で約一万に及んだといわれ、特に幕末にかけて増加し、都市部から農村部にまで普及した。

下野国(栃木県)の「寺子屋」の存在については不明な点が多いが概ね下表のとおりである。

河内郡 92 上都賀郡 41 下都賀郡 117
芳賀郡 25 塩谷郡 41 那須郡 30
阿蘇郡 92 足利郡 61 合計 449

(「栃木県教育史」昭和32年刊による。)

那須町における寺子屋(手習塾)は次のとおりである。

塾 名
所在地
主催者名
講義内容
時 期
鮎瀬塾
伊王野(上町)
鮎瀬 祐之丞園
読書手習、算術
1828〜1853
專称寺塾
伊王野(下町)
29世 円立和尚
詠み方、手習い
1711~1734
小山田塾
伊王野
(下町)
小山田虎 (秋水)
漢学国語、書道
1878~1925?
磯塾
伊王野
(下町)
磯 三喜
 
1770~1830?
松本塾
伊王野
(上町)
松本 伊豆正
読書習字、
珠算
1858~1868
田中塾
簑沢
田中覇山
 
1826~?
三森塾
伊王野(上郷)
三森 忠五郎
漢学
明治
加藤塾
芦野
(根古屋)
加藤三平
読書習字、珠算
1851~1897
吉成塾
芦野
(仲町)
吉成泰三
儒学漢学
1848~1868
大塩塾
芦野
(上野町)
大塩三朗
漢学
1873~1914
簗瀬塾
芦野
(根古屋)
簗瀬小膳
 
1868?~?

いずれも地方の武士や名主、僧侶、豪農の身分の人たちによる私塾の記録である。地域的には芦野、伊王野地区に限られているが、この他にも記録に残されていない私塾が存在したものと思われる。

名   称 私塾と寺子屋
所 在 地 那須町大字芦野、伊王野、簑沢
種   別 有形文化財/歴史史料
指   定
指定年月日