記念物/名勝

堂の下の岩観音

奈良川の西岸(右岸)の西坂から東岩崎の間に芦野石(石英安山岩質溶結凝灰岩)の石脈が続いており、ここは芦野石の旧採掘所であった。この南端に近い所に「堂の下」集落があり、その集落の西部に芦野石の岩肌が露出して聳え立っているところがある。その中腹には観音堂があり、通称「堂の下の岩観音」と呼ばれている。

「最勝院観音堂上梁文写」[安永4年(1775)]に、永禄年間(1558~1570の初め当寺が現在地に移転してきたが、以前は下芦野唐木田の東南にあり、その時の鎮守が岩観音であったと記載されている。詳しくは分かっていないが、古くから観音信仰の霊場であったといえる。また、この観音堂の背後の岩肌に観音像が彫られていたというが今は判然としない。その右側には日清戦争の時の顕彰文があり、これは芦野の有志が下芦野出身の船山市之助の活躍をたたえたものである。

堂の周辺とその下方にはいくつかの巨岩が見られ、それらを覆い隠すようにエドヒガンやソメイヨシノの巨木、古木が生い茂っていて、季節ごとに彩りを添えている。また一面にイワタバコも群生している。

観音堂や岩肌そしてこれらをとりまく植物が、信仰的な雰囲気をかもしだしており、同時に見ごたえのある自然拝観を作っている。このため名勝地に指定された。平成13年~14年崩落危険個所等の整備が行われ、桜の時期には多くの写真愛好家などで賑わっている。

「堂の下」という集落名は、この観音堂から見て下の方にあるという意味である。